インテリマッチョへの道~知識アウトプットブログ~

筋トレが大好きな新卒サラリーマン。知的で色気のある生き生きとした大人になるべく、読んだ本や学んだことをアウトプットしていきます。

人類はどこへ向かうのか【ホモ・デウス(上)】

 

 

おはようございます!

インテリとゴリマッチョの二刀流を目指すサラリーマン、むっちょです。

 

今回は

ホモ・デウス 上(ユヴァル・ノア・ハラリ)

を読んだので解説していきたいと思います。

 

 

 

 

本書の紹介

世界的ベストセラー「サピエンス全史」の著者、ユヴァル・ノア・ハラリ氏によって書かれた本です。

「サピエンス全史」では、ホモサピエンスはなぜここまで反映したのかという過去に焦点を当てており、本書ではホモサピエンスの未来について書かれている。

本書の内容をより理解するために、「サピエンス全史」を事前に読んでおくことをお勧めします。

ちなみにこの「サピエンス全史」は年間300冊程度本を読む私のお薦めランキングでTOP10に入るくらい面白いです。

ぜひ、読んでみてください!

 

私が本書を手に取った理由

・自分自身について詳しく知るため生物学を学びたいと思ったから。

 

本書の感想や得た学び

すべての生き物の神となった人類はどこへ向かうのか

 人類が生態系のトップに立っても、安全・安心な生活が待っているというわけではありませんでした。人類にはいつも死が隣り合わせとなっており、その大きな要因は、飢饉疫病戦争の3つでした。

 大きな自然災害が起これば、村全体が食糧難に陥り、疫病を治す術もありません。そして人類は戦争を繰り返しており、戦争が起こっていないときは「平和」ではなく「戦争と戦争の休憩機関」という認識でした。

 しかし時代が進み科学が発展することにより、死を減らすことができるようになりました。つまり、死は神によって引き起こされる制御不能なものではなく、対策可能な人類の課題となったのです。この時初めて人類は生態系の神となりました。

 死を減らすことができるようになった人類は今後、どこへ向かうのか。おそらく「死そのものの克服」と「はっきりとした幸せを手に入れること」を目標とすると考えられます。

 

・飽くなき快楽の追求

 人類は現状に満足しない生き物です。お金が手に入ればもっとお金が欲しくなるし、権力が手に入ればもっと権力が欲しくなる。お金を得るために努力する、権力を得るために出世をする。こういった快楽を満たすために人類は成長してきたといっても過言ではありません

 少し余談ですが、なぜ世界的に薬物を使うことが禁止されているのでしょうか。ここで一つこの疑問に関係する有名な実験を紹介します。

科学者たちは数匹のラットの脳に電極を繋ぎ、ラットがペダルを押すだけで興奮の感覚を生み出せるようにした。ラットたちは、美味しい食べ物をもらうかペダルを押すという選択肢を与えられると、ペダルを選んだ。ラットたちはひたすらペダルを押し続け、とうとう空腹で倒れてしまった。

 この実験から分かるように動物は容易に高い快楽を得られる方向へ流れていってしまいます。そのため薬物で簡単に快楽を得ることができるようになってしまっては、誰も努力して快楽を得ようとしなくなり、経済が止まってしまうため、薬物が禁止されているのではないでしょうか。

 話を戻します。人間の快楽を飽きることがなく、望んでいたものを手に入れても、快楽はすぐ消え、また新たな快楽を渇望します。このような事態に対して、エピクロスは快楽を追求すれば幸せではなく惨めになると忠告し、ブッダは快楽の追求は実は苦しみのもとにほかならない、と説きました。快楽を経験することなく、渇望する限り「真の幸福」を手に入れることはできないのです。

 ではどのようにすればその「真の幸福」とやらを手に入れることができるのか。それにはブッダ的な解決策と、生化学的な解決策が存在します。ブッダ的な解決策というのは快楽に対する渇望そのものを減らし、その渇望に人生の主導権を与えないようにするという考え方です。そして生化学的な解決策というのは、快楽の果てしない流れを人間に提供し、けっしてその快楽が途絶えないようにできる製品や治療法を開発するというものです。

 今のところ人類は、生化学的な解決策のほうに大きな関心を抱いています。ブッダ的な考え方は何年も洞窟で瞑想をする時間なんてない現代人にとって現実的ではないからです。

 21世紀では上記のように、永続的な快楽を楽しむことができるようホモサピエンスを作り直すことが必須のように思えます。

 

ホモサピエンスと他の生き物との違い

 ホモサピエンスがここまで繁栄した理由は「協力」にあります。マンモスを集団で狩り、全員で身を守りあう、このような協力がホモジナイザーをここまで反映させました。そしてホモサピエンスは猿や象、ミツバチよりも柔軟に協力が可能でした。

 ではなぜホモサピエンスは柔軟な協力をすることができたのか。それは「物語を創造して、広めることができたから」です。

 チンパンジーも協力して、生活を営みますが、共に生活をするためには信頼を築く必要があります。そして信頼を築くためには相手を知る必要がありますが、直接コミュニケーションをとることができる数は限られているので、コミュニティーが一定以上広がることはありません。しかし人間は物語を創造することにより、宗教や国家という存在を創り出しました。そしてその創り出された虚像を信じるものをたとえ会ったことがなくても信頼するようになりました。この虚像によりコミュニティーが無限へとなったのです。こうして通常ではありえない大きさのコミュニティーを獲得し、互いに協力しあう事でホモサピエンはここまで繁栄しました。

 今の世界はこの虚像でできているといっても過言ではありません。宗教やお金、国家でさえもこの虚像によって創られています。100円玉を食べても100円分おなかが膨れることはないし、署名一つでソ連という国家が解体されることもありました。まさに人類は虚像の上に立っているのでしょう

 

今後の行動

ホモ・デウス(下)を読む。

 

メモ

何千年もの間、歴史はテクノロジーや経済、社会、政治の大変動に満ち溢れていた 。それでも一つだけ、常に変わらないものがあった。人類そのものだ。私たちの道具や組織は、聖書に書かれている時代の道具や組織とは大いに異なるけれど、人間の心の奥底の構造は同じままだ。だからこそ私たちは、聖書のページや孔子の言行録、ソフォクレスエウリピデスの悲劇の中に、依然と自分の姿を見つけられる。

 

現時点での最善の科学によれば、「レビ記」にみられる同性愛行為の禁止は、古代エルサレムの少数の聖職者と学者の偏見を反映しているにすぎないことになる。 

 

歴史を学ぶ目的は、私たちを押さえつける過去の手から逃れることにある。歴史を学べば、私たちはあちらへ、こちらへと顔を向け、祖先には想像できなかった可能性や祖先が私たちに想像してほしくなかった可能性に気付き始めることができる。私たちをここまで 導いた偶然の出来事の連鎖を目にすれば、自分が抱いている考えや夢がどのように形を取ったかに気づき、違う考えや夢を抱けるようになる。歴史を学んでも、何を選ぶべきかはわからないだろうが、少なくとも、選択肢は増える。