インテリマッチョへの道~知識アウトプットブログ~

筋トレが大好きな新卒サラリーマン。知的で色気のある生き生きとした大人になるべく、読んだ本や学んだことをアウトプットしていきます。

自分の大切なものを奪った犯人にふさわしい罪はなにか

 

 

おはようございます。

 

突然ですが、あなたには「大切なもの」がありますか。

それは家族かもしれないし、恋人かもしれない、はたまた本や宝石かもしれません。

そういった「大切なもの」が誰かの手によって奪われた時、その犯人にふさわしい罪は何なのか。

「ぼくのメジャースプーン 辻村深月著」を読んでそういったことを考えさせられました。

 

この小説は小学校を舞台に、何でもできて人気者だけど誰とも群れない「ふみちゃん」とそのふみちゃんに憧れている「僕」の物語です。

 

物語が大きく動くのは二人が4年生の時。

風邪を引いた僕の代わりにふみちゃんが早朝うさぎのエサやりに行くと、見慣れぬ大学生が校門の前にいる。そして「君が第一発見者?萌えねー」といい写真を撮る。ふみちゃんは不審に思いつつ、うさぎ小屋にいくと買っていた10匹のうさぎがバラバラに切り刻まれ、殺されていた。

そのことにショックを受けふみちゃんは心を閉ざし、言葉を失った。

 

しかし犯人の男は実名報道もされず、反省してると言っている。一方ふみちゃんはネットで画像が晒され、「可愛くない」だの好き勝手言われている。

「現実が消費されている」まさにその通りだと思った。

 

 

そんなふみちゃんをみて僕は「犯人に罪を償わせること」を決心する。

この僕は不思議な力を持っていて「Aをしなければ、Bが起こる」と相手にささやくと、相手に呪いがかかるというものである。(これは少しややこしいし、ネタバレにもなりかねないので読んでください)

 

犯人の罪は法的には「器物損害罪」。しかしそれは正しいのだろうか。

僕には犯人に呪いをかける力がある、そしてそれは誰にもばれない。

そんな中で同じ力を持った先生と「相手にふさわしい罪は何か」という事を考えていく物語です。

 

 

やはりここでの大きな争点は奪われた命は人間ではなくうさぎだということ。

しかしふみちゃんにとっては何よりも大切なうさぎ。

 

また「復讐」とは相手が死ねば報われることではないし、相手が死なない程度の復讐であれば、今度は相手から復讐の復讐が起こる。そしてそれは止まらなくなっていく。

 

そして「復讐せず、もう関わらない」や「復讐するなら友達にもならなければいけない」、「自分が刺される気がないなら復讐はすべきではない」といった様々な意見が出てきます。そのどれもが間違っていないように感じられ、「道徳」とは何だろうと考えさせられました。

 

久しぶりに「もし自分だったらどうするのだろう」と読んでる途中も読み終わった後も考えていました。

 

小説の良いところってこの読了後ボーっとする感じですよね。

 

 

いい小説に出会えました。

 

 

今日はこのへんで

ではでは

 

 

 

ぼくのメジャースプーン (講談社文庫)

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